昭和52年03月12日 朝の御理解
御理解 第84節
「おごりがましいことをすな。ものは、細うても長う続かねば繁盛でないぞ。細い道でも、しだいに踏みひろげて通るのは繁盛じゃ。道に草を生やすようなことをすな。」
神様のおかげを、本当に頂いたと、実感をもって、信心が進められている限り、おごりがましいことは、まずはできんだろうと思います。神様のおかげ、神様のおかげと言いながら、自分の怒力とか精進が、これだけの事をなしえとるんだと思うから、ついおごりがましいことになるのです。ほんとに神様のおかげを頂かなければ、神様のおかげを頂いて今日、ここまでおかげを頂いてきたんだと。
そういう日々が、確信に満ちた信心生活が出来て初めて、おごりがましいことではない、ほんとの、神様のお心にかなう生活ができる。いわゆる信心生活ができる。これはもうほんとにそうですよ。おかげを頂いておると言うてもね、ふが良うして、例えば儲かったとか、自分が怒力してから、財産が出来たとかね、おかげと言いながら、おかげと思うてないから、おごりがましいことになる。
だから、それは徳にも力にもならんです。神様のおかげを頂いて、もうほんとに神様の間違いない働きの中にあって、しかもそれが、細うても長う続き、だんだん踏み広げてと言うようなおかげを頂いて、はじめて、ご神意にかなわない生き方どもがあってはならないという、謙虚な慎みもまたは、有り難い勿体無いの、生活も出来ると。これはもうほんとにそうですよ。ですからね、もうほんとに神様のおかげを頂いての、立ち行きというものが、頂けませんとね、頂いておってもその実感が、ほんとにその実感としてのおかげでなからんと、自分がすぐわがまま大臣になってしまいます。
昨日研修の終わりましてからでした。丁度月次祭の日にみえておっても、月次祭はもう頂かんで帰られたと。本郷の3番目になられますかね、鹿児島の大口教会に、布教しておられる安武先生が、みえとりました。それでその挨拶見てもうすぐ帰られたと思っておったら、その翌日が本郷教会の報徳祭だったそうですからもう帰られたもんと思うておったら、帰っておられずに月並祭も頂いて、そしてその晩ゆっくり信心話に花が咲いて、それから明くる朝の朝の御祈念を頂いて帰られたという話でございましたが。
まぁいつも先生がみえると、もうそれこそ、生き生きとした神様をそこに頂き感じて、お話をして帰られる。その日もやっぱり、今度去年でしたかね、奥さんをもらわれて雑餉教会のですかね、お嬢さんです。家も立派になったそうですし、それからお広前も、ま、こじんまりとしたお広前ではありましょうけれども、( ? )になったという。もうそれこそ、もうそれこそ大変、まぁ言うならみすぼらしい教会。
長年住んでおられたんでしょうけれども、まぁとにかく、町から補助を受けなければならないと言う様な先生がおられてね、亡くなられたあとに、そこの教会をたてる人がなくて、甘木関係ですから、甘木の親先生が、安武先生に布教に、学院から帰ったもうその年にでられた。6年間と言う長がぁい、それこそもう、孤独な生活ですね、信者もいない、参っても来ない、もうそれこそ、泣きながら大口の街を、夜中に走り回って、いわゆる御祈念をして回ったと言われるような、なかなか芯の強い先生である。
まだ末永先生が親友ですけれども、末永先生よりも大分若いでしょう。大学( ? )せずにすぐ学院に行った。そして学院から出たと同時に布教というしかも独身。そしてどうやら、まあ熱心に合楽の信心も求められる。もうみえるとそれこそいつまでも信心の求道ですかね。私共くらいの信心でも、一生懸命やっぱ頂こうとされる姿勢が中々、感心を高める。その当時もやはり聞いておりましたけれども、本当にこちらの親先生が言われる様に、もうその日暮らしが出来るという事は素晴らしい事だという話をされた。
しかもその、その日暮らしが百円のその日暮らしから、二百円のその日暮らしになり、五百円のその日暮らしになり、又は段々おおきな( ? )が出来る様になり、奥さんもろうて困られるダンじゃない、奥様もらわれれば、奥様もらわれたで立ち行きのおかげをさせていただいて、もう本当に恐れ入ってしまうという話です。それこそ踏み広げて通っておられるわけですね。しかも、一年まさりにおかげを受けておられると言う事です。お広前も立派になる、信者も段々できるようになり。
昨日( ? )先生がいっておられるが、この頃から、御本部参拝させて頂いた時に丁度その安武先生とおうた。そしたら3人のまるしょうの信者を連れて、ちゃんと丸少の服を着せてお参り、もう丸少まで出来た。というお話でした。先日の隣接教会の、隣接教会と言うてもあちらは大変遠い所ですからね、鹿児島という所にはもうポツンポツンとしか教会がないですから、丁度前の晩に、お下がりが七万円あるから、はぁこれは明日の、これで大丈夫だと思うとったげなら、明くる朝六万円集金に来たげな。
はぁ一万円しかない、こりゃ困ったと思いよったげなら、電気代をとりに来たげな(笑)新聞代をとりに来たげな。結局二百円か四百円かになってしまった。はぁ神様に改めてまたお願いさせて頂いたら、いつも学生の、もういつもただ参ってきてお話を聞くだけの、その学生がたまたま参ってきましてね、で先生えらいおかげを頂いたからと言うてからその、お供えもうそれこそ神様にお願いさせて頂いたら、五千円入っとった。もう参ってきて初めてお供えをしたっちいう。
本当だからもうそれを聞かせて頂いとってからもう胸がどきどきするような、感動を覚えるわけですね。神様を本当に信じて疑わない、その青年教師の方が一生懸命に、神様に取り組んでおられるその姿勢が素晴らしい。それからまた次々とお参りが来て、旅費もできお初穂もできて、お参りができたというわけなんです。おかげでこの頃は、月々14、5万くらいはその、お初穂があるそうですね。頂けれるようになったと。
それでもまぁ本当に夫婦二人で、やはり色々経費がいりますから、それでもまぁがつがつだけれども、そのがつがつのその日暮らしが出来るということが、もうほんとに有り難い勿体無い、もう聞きよって有難い。で今度、末永先生が、南米布教に出る。もうそこんところは、末永君もう分かりに分かりきっておるに違いはないけれども、いよいよひとつ、本気で頑張ってきてくれよと。
昨日( )を持ってみえておられた。先生ちょっと見て下さいと言うてえらい笑いながら持ってくるけんなんだろかと思ったら、こんな長い箱を持ってきましたもん。これは軸かなんか、大物じゃろうと私思いよったところが、なんと中から、日本刀が二本出てきた。しかしあのそれは見事な日本刀である。それに刀掛けまでこうやて。もう勿論持ってはいかれまいと思いよったその。そういう物ですからね。切れ物ですから。
それこそ安全かみそりの刃が入っとったっちゃカチッっちいってから分かる機械があるとですからね今。だから恐らくそりゃ、南米あたりの飛行機に、持っていかれるかどうか知らんけれども、まっとにかく折角先生が真心だから、誠意だけは尽くしてみなさい、どげんかして許可を受けて持っていかれるんなら、荷物になったっちゃ持っていかにゃいかんばい、というて申しました事でしたけれども、とにかく夫婦の者に対する、大小の言うならば真剣という事を、先生が心に願ってからの事だろうとこう思った。
同時に日本刀は日本人の魂とまで言われるくらいだから、これで南米の地に日本魂をひとつ輝かしてきてくれという、その親友から親友への、願いのようなものが込められておると思うて、もう皆腹かかえて笑ったですけれども、笑うだんじゃない、私ほんとに感動しました。と言う様にね、まぁ余談になりましたけれども、これなんかは見事な言うならば、細うても踏み広げて通っておるのです。
ですから百円のその日暮らしから、二百円のその日暮らしができ、五百円、千円のその日暮らしが出来る様に段々ならせてもらう、その思いですから、とてもとてもおごりがましい事など、できんと言う事になり、欲やら得やらは又言う必要もない。愈々こと神様、これはもう、御本部参拝とか親教会とか、また甘木教会またその親教会になりますからねえ。( ? )、もうお話を聞きますと、それこそたまがる。
まぁそのくらいな、程度で御ひれいを頂いとるのに、まあようそれだけの事が出来るですねえ、と言う様なおかげを頂かれた。ここあたりに参ってきても、それこそもうあの、ほんとにやっぱしおかげを受ける人は違うな、と言う様に折り目正しゅうして、帰られます。それがんなら、その神様の間違いなさというものを、段々踏み広げていきよるわけです。道を広げていくということは、神様の絶対、または神様から頂いておる御神意を、神様から頂いておる力をです、神様が百円がたは信用してござるばい。
いや五百円がたのことなら神様が信用してござる、もう、千円のことだけならば、神様が受けおうてくださる。というような、体験を積んだ上にも積んでいくからこそできるのであり、それこそいつも背水の陣をしいての布教ですけれども、なら別に、ゆとりがある預金があるわけではないのだけれども、さあ必要な時には必要に応じて神様がおかげを下さり、現してくださる、私はそういうね、あの、おかげをほんとに頂かなきゃいけないとおもうです。金光様の御信心は。
それをしだぁごだのおかげを頂きよりますから、ならしだごだで儲けたごたる例えばお金、勿論おかげですけれども、それをおかげとも思いきらずに、言うならばもう金が少し貯まると、ならおごりがましい事を平気でするようになるのではないでしょうか。そういうひとつの、実証と言うものがあるから、人へそれを伝えて行く事も、話をして行く事においても、いわゆる確信をもったお話しも、また出来るという事になります。
夕べここを出て行きましたのが12時ちょっと過ぎでしたから休んだのが、1時半ごろでしたでしょう。丁度高橋さんが遅うに、その頃帰られて、桜井先生がここで、御祈念をしておられたですから、そん時まだ12時過ぎだったでしょうけれども、それから色々御用させてもろうて、休ませてもろうたのが1時半だった。それからそう休ませて頂いて、今日朝目覚ましのおかげを頂くまで、お夢を頂いておったっちゆう事は、えらぁい長いお夢だったとこう思うんですけれども、まるで絵巻物の様なお夢でした。
というのは、昨日テレビで山田五十鈴が、演じるところの、千姫というお芝居があっておりました。そのお芝居を私見せて頂いておりましたら、丁度それがその、千姫のようでもあるんです。そして何かこう白一色の何か、もうとにかく、とにかくどの辺も雪が降っておると言った様な感じで、あの長唄でしたかね、あれはあの鷺娘っていうのがありますよね、素晴らしいものです。もう雪景色をバックにして、あの白鷺の精のが、女の白の白無垢でね、踊る踊りです。という夢なんです。
そういういろんな舞台面が、それがよく見たら、その昨夜見ております千姫の姿や格好なんですけれども、ま白無垢を着て、してよくよく見たらなんと、今熊本から修行にみえております、矢野先生ですもん。あら矢野先生はこげなことが出来とったんだろうか、鷺娘の衣装を着てから、その雪の背景をバックにして、もうそれが舞とも絵巻物ともつかんようにずっと頂くんですいろいろ。そのなかにとくにまっ話になるところは、ここの入り口に、あの少しばかり田んぼを買っとりますよね、あの今。
あの大きな塔が今建とうとしておる所。あそこのようです、あそこが合楽の屋敷になるとこです。そしてその筋向いに、植木があっておる所があるでしょうが、道をはさんで。あそこに、やはりあの松がいっぱい植えてあると、ここがあの甘木の屋敷げな、と言うておるとこです。その甘木のお屋敷から、その合楽の屋敷の田んぼとも、屋敷とも、測量してある植木畑とも分からんような感じですけれども、そこを行ったり来たりしてから、なんか薬草を先生がとっておられるという感じです。
そしてこちらの合楽のほうへこっちきて、いやぁここにはまあ見事なげんのしょうこがこんなにあるこりゃ知らじゃったと言うて、そのあぜ道にいっぱいげんのしょうこが生えておる。それは雑草の中にこう生えておる。そして中に、それが夢は、実際は狭いけれども、実際は広い。真中に出てみた所が、もうこれはあんたげんのしょうこばっかりじゃないのと言うて、一握りづつこうやって、ひいてもよいくらいにげんのしょうこが、もう赤い花をつけた、げんのしょうこという薬草がありましょう。
あれを取っておられる所でした。あらもうこげんあるちゃ知らんやったというわけです。で私は今朝のこのご理解を頂いてからですね、思わせて頂きます事は、昨日から聞かせてもらう安武先生の話を聞いて、もうその話そのものがです、成程おごりがましい事をすなと、これは一般信者の方達ならば、これは財産は自分の財産と思うとるし、自分が儲け出した自分が働き出したと、思うてもいいのですけれども、そういう考え方では、必ずゆとりが出来てきたら必ず、おごりがましい事になって来ると言う事です。
それでもう根っから神様のおかげを頂かなければ出来る事ではない事を分り、神様のおかげで、この金があるんだという為にはひとつ本気でね、それこそ素晴らしいその日暮らしをさして貰える様な、体験を積んでいくと言う事は素晴らしい事だ。それが信心の自分のひとつの、証しを立てるように、はぁ神様が百円がたは信用してござるな。自分はもう千円がたは神様が、おかげを下さってあるなという、そういう信用を受けておるという事実を、なら金銭なら金銭の上に現れてくるそれをもって実証していく。
自分でそれを確証、確証をにぎりながら、進めて行く所にです、神様を信じる力が愈々大きくなる。今なら千円のその日暮らし、なら一万円のその日暮らしが出来る事の為の、精進が愈々楽しゅうできると言う事になります。有難う出来るという事にもなります。そして、億万の金が今度は、ゆとりがあって出来るようにならせて頂いてもです。とてもそういう信心を積み上げていく限り、教祖がここで仰っておられる、おごりがましい事などは、とてもとても出来んだろうと私は思います。
ただ神様の御物だから粗末にしちゃならん、とこう自分を始末倹約して自分を抑えると言ったようなものじゃなくて、もうそう例えばおごりがましい事が出来んですむところまでわたすは、お互いの信心が進められたら、もうその氏子には、どれだけの物を与えても、金を与えても、神様が大丈夫と思われるから、おかげをくださると私は思う。ということはです、なら安武先生のその6年間の信心修行の中から、なら今日は、言うならば、立派な教会としてね。
だんだん人も助かり、まるしょうまでできて来ると言うような、たろうた教会に、おかげを頂いていかれよる。それとても、そんならば毎日毎日が、その日暮らしのおかげを頂いておるということ。神様がいっぺんでも、もうきょうだん食べるなと言うて日干しになさる様な事は一回だってないという実証が素晴らしい。私共がおかげ頂いてきとるのもやっぱそうです。もう的確にそうです。だからんなら私にどれだけの金を持てせて下さっても、神様が、びくともしなさらん。
こっちがびっくりせんもんじゃけん。もう大坪総一郎に与えときゃ間違いない。と私は思うとって下さるからだと、私は思います。そういうあり方からでなければ踏み広げて通るという次の繁盛につながりません。勿論途中で草を生やす様な事は、出来やしません。私は昨日、その矢野先生が演ずるところの夕べの、まそのお芝居のような絵巻物のような感じの中にです、そのげんのしょうこを取ってまわっておられるという、薬草を取って、もう先生は日本中まあ、御ひれいのたつ教会、有名な教会というとこを回って、まぁ研修してまわるわけです。
ですから、そこにほんとに薬草になる物があるならば、もらっていこうというのが、先生の願いだとこう思うんです。もう甘木とうち向かいのところにある合楽ですけれども、しかも植わっておるものが違う、やはり内容は違う。ところがその合楽の畑に入ったところが、もうたまがるごと、げんのしょうこがあまりにも沢山あるのに、これはもう合楽の場合にはすべてが実証的なんです。
例えばんならここにあります筆一本、このおへぎひとつ文鎮ひとつこの墨一本、もう一切がこの座布団いっちょ、この机一つが神様のおかげで集まってきた物ばっかりなんです。私が好んで買うたもんがないでしょうが。部屋部屋を見て回っても同じこと。成程神様ちゃ間違いないなという、そういう言うなら実証をです、皆さんに見て貰っておる、そして聞いて貰っておる。証しを立てながら、私は皆さんに聞いて貰っておる。
昨日も、原さんのお父さんの、終祭をここで、1時のご記念にあわせてさせて頂いております。4時の研修終わってから、4時の御祈念に出て、私がタッチしておりませんでしたから、また改めて神様にお願いし、改めて御霊様にご挨拶させて頂きました。そしたら次々と頂きますことがありますから、今日の1時の原さんとこのお祭りは誰が奉仕したか、おそらく正奉仕の人がしとると思うとるもんですから、そう思いこんどった。ところが、ちょうど久富先生が御結界座っておられたんでしょ。
久富先生が。だから久富先生が奉仕しておられた。それであんたなら、御霊様に今日は、今日は何か、どげんか原さんに伝えたかって私が言いましたら、はい実はまぁ分りやぁす言うならばあの、知恵子さんとお母さんと二人で一生懸命お金をかけてから、こうして打ち込んだ、言うならば、あのお祭りをしたが、あんたどんが、お金を千円打ち込むなら千円がた、一万円うちこみゃ一万円がた神様が、御霊様が受けてござるばのっち言うてから、伝えましたとこう言う。
はぁそりゃほんなこと伝えたなと、あたしが頂いたのもそれだったからです。私がご神前でましたら、月桂冠の桂という字を、土という字を先に頂いたんです、二つどろという字を書きます。あこれが、あの娘と孫の真心だなと思うたです、どろ二つそしたら横にこの木を頂いた、ひですの心を入れたということです。だから柱として神様が受けてくださったということ、ですからそれでんなら、あんたがおかげ頂いてよかったね、と言うて、と言うて申しましたがね。
それじゃあそげん言いなさったけん私がこう言うとっとじゃないか、私の心の中にです、もうはっきり、あの久富先生の、言わば、あの祭主でお祭りを、まぁお祭りとまではいかんけれども、ま奉仕されたということが、いかにあの私がおらなくっても、久富先生で、御霊に対することができたなと、私も感ずくとができるでしょう。そういう実証を見せながら、聞かせながら、合楽の場合は日々がおかげ頂いとるわけです。
その矢野先生のことをずうと、頂いたその中にはもう様々な場面があるんですけれども、その鷺娘に始まって、そのげんのしょうこを取られる、一番最後にはね、私の枕もとで、所謂床の間に、昨日花をかたずけてしまっとったから、何も花がない、ところが花は皆さんから、たくさん頂いとったから、あのう活けとったちゃけど暗いからようわからなかったんです。で5時に下がってから、いやお風呂から上がってからでした。
あのう私あそこのにぎやかなのすかんから、菊を一本くれんの、っち言うちから、一本もらって、それから、あの鶴首の陶器に、私一本一輪挿してるんです。それがもう見事に素晴らしいんです。その一番最後の場面に、菊一輪というその言うならば、題の場面なんです。そして目が覚めたら、その目の前に菊一輪がある、あらこれを頂いたんだろうか、と私は思わせていただいたんですけれども、その菊一輪という最後の、その、場面が素晴らしいなあ、とこう。
( ? )一生懸命信心の、じつに貪欲な方ですから、まぁその一生懸命頂こうと、こうしておるわけです。様々に頂いて頂いて、んなら結局はどういうことかと言うと、この、菊一輪に絞られてくるのではなかろうかと私は思います。これはもう、まあ今日、私が頂いた、その、この84節から頂いて、おごりがましいことをすな、とこういう御理解。ね、菊一輪の中に、菊百本あるよりも、もっと素晴らしいものを感じれれる、感じ方、または生かし方があるということなんです。
同時に、菊というのは合楽の信心という事でしょうけれども、これは、合楽理念なら合楽理念にもうお道の信心は、絞ってしもうてもよいなと、いったようなものが矢野先生の信心の上にも、できてくるのではなかろうかと。全国回って様々な信心も求めてきたけれども、結局は、んなら、極めて、極めて、極めぬいていったらこの、菊一輪で終わるのでないだろうかというふうに思わせていただいたんですけれども。
それは、なぜそういうふうになれるかというと、合楽の場合には、どの場合、どの場面にも、必ず実証があるからであります。神様がこのようにも間違いがない。神様がこのように生きて働いてござるんだ、という働きを、見ながら、感じながら、信心を進めていかないとです、おかげを受けたあかつきに、おごりがましいことをして、また、おかげを落とすような結果になるのです。
ほんとに日まさり月まさりに、年まさりのおかげを頂いていく事のために、まずは、百円のその日暮らしから、もう間違いのない、神様の働きを受けて、万円の、言うならその日暮らしもできるような、おかげを頂いても、もう間違いのない神様の働きを受けてこれができれるんだという、おかげを頂く時に、いよいよ、踏み広げて通るおかげが約束されるというふうに思います。
どうぞ。